2008年05月02日

高齢者専用賃貸住宅の時代がもうすぐそこにきています

先日、福岡でM不動産とH社の共催で行われた高齢者専用賃貸住宅の後援会でお話をさせていただきました。博多座は博多の街にしっかりと立っていて、とても重厚な雰囲気をもった建物でした。後援会は、私とG社の経営幹部が高齢者専用賃貸住宅について話しました。

 建設業者7割、医療機関2割、そして地主1割の構成で、110人以上の方々が話を聞いていただきましたが、やはり、自分でお話をしながら、厚労省は大変な選択を迫られていると改めて、感じました。

 医療も介護も八方塞がりの感があり、複合的な価値構築を行うために、高齢者専用賃貸住宅は有効であるということが私たちの望みをつないでいます。

 経済が疲弊するなか、国民所得は減少し、経済的な負担が増える支出を抑えています。後期高齢者医療はなんとか国民に理解を求めなければなりませんが、明らかに政策に瑕疵がある。ひとつひとつの建てつけは正論に基づいて行われているものの、医療と介護の役割分担や、受け入れのための体制整備が終わらないまま、制度改革が進んでいます。

 DRGの導入がまことしやかに噂されるなかで急性期病院は行き場をなくしつつあります。そして療養病床についても2011年末までに結論をださなければなりません。介護事業者もとても疲れています。これからの医療、そして介護、医療と介護はどこにながれていくのか?もっと多くの視点から検討を行い、トータルでの解決策を決定していかなければ、これからの医療介護の世界に未来はありません。

 税金や社会保障費の応分の負担、そして弱者に対する支援策、医療介護の埒外にある高齢者の生きがいのあるモデルづくり。人生最後まで生きて生きて生き抜くことができる意欲と夢を、そして治療と健康を、どのように提供していくのか。
厚労省だけではなく、多くの省庁が協力し合って英知を出し、哲学をもった革命を誰がしていくのか…。

 国民一人一人が懸命に、しかし、落着きをもって、そのときを生き抜くことができるよう、あらゆる仕組みをつくりあげていくのは、国ではなく、個々の組織である。個々のスタッフである、個々人の創造と工夫であることを、皆が理解しなければならないと私は思います。

 もう誰も助けてくれません。寝食をときには忘れたとしても、歩くことをやめず、必至になって、自己改革と属する組織の改革を進めていこうではありませんか。


「よい病院よくない病院の見分け方同時掲載記事」

投稿者 石井友二 : 15:41 | トラックバック (0)

2008年04月26日

業務改革と個人の成長

病院のマニュアル委員会に説明した資料です。

 「マニュアルをつくらなければならないからマニュアルを作成するのではありません。
 必要だからマニュアルをつくるのです。必要に思わない、というのであれば、マニュアルは作成できません。

 いまの仕事のやり方がベストで、これ以上進化できないというところまで行なっているということについてすべての人が自信をもっているのであれば、マニュアルを作成する必要はないのかもしれません。しかし、それはあり得ません。必ず、不効率な仕組みや、整備されていない仕事、そして不足する仕事があります。ないわけがないのです。

 そしてスタッフのスキル(技術技能)がもうこれ以上ないほど高いのであれば、マニュアルを利用した教育や、マニュアルから職務基準を作成し、それを教育の客観的な指標とすることも必要ないでしょう。でも、それはあり得ません。

 また、個人個人をみても、これは得意だけれどもこれは不得意といった一人ひとりの課題が必ずあります。完璧な技術技能をもった人の集団はどこにもないのです。

 また、必要であるのは十分判っているが時間がないのであれば、時間をつくらなけ
ればなりません。
 
今の病院を収益体質にしていくためには、時間を絞りだしていき、そこで改革を行うことが必要です。なお、注意しなければならないのは、改革は改革、現場は現場ということではないことです。

 改革は現場での仕事が円滑に進むためのものであり、また個人の力をつけることも同様です。

 したがって、時間をつくり作業を行うことは、必ず現場に役立つ結果となります。仕事がやり易く、生産性があがり、患者さんに喜んでもらえるスタッフがさらに増え、そしてまた新たな時間が生まれます。そしてその時間を付加価値業務に利用し、仕事はより円滑に、そして個人もより力をつけることができるようになる、というながれです」

 この説明は延々2時間続きました。機能評価もそうですが、形式にとらわれて実質的に成果をあげることができない病院は、時間を無駄にしています。有効に使える時間を、形だけのマニュアル作成に浪費してしまうのでは、あまりにも大きな犠牲を払うことになると考えます。

 機能評価もそれをきっかけとして成果をあげようとすることでの意味はあります。

 しかし、本質的にはやはり、もっと深いところで、意味を理解し、マネジメントのなかでの役立ちを徹底的に伝えることができる管理者がいなければ、結局のところそのときの体験を以降に役立たせることができる人だけが個人的な利益を享受する程度の活動で終わってしまうとある事務長が話されていました。

 その事務長ももう二度と受診しないと話していましたが、結局時期がくると論理的な説明で組織を納得させることができず、再受診をしていました。

 病院という組織は、人の良心に依存し、使命感に依存して成り立っているだけに、マネジメントがなくても、成果がある領域まではあがるという事実があり、それが逆に誤解や障害になってシステム的な活動を阻害している側面があります。

 マネジメント力のある幹部が育ってくることで、新しい病院運営が行なわれなければならない時代を迎えているのでしょう。何れにしても、マニュアルを業務改革と個人の成長の道具として使いこなすことが求められています。


「よい病院よくない病院の見分け方同時掲載記事」

投稿者 石井友二 : 16:31 | トラックバック (0)