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2006年11月11日

本来の接遇って何

本来の接遇は、
 ①痛みを与えない
 ②恐怖心を与えない
 ③羞恥心を与えない
 ④納得してもらう
 ⑤不快な思いをさせない
 ⑥不便をさせない
 ⑦不利益を与えない
 というもので、拙著ブランドな病院の時代で公表しました。

 病院の接遇は、「又来てくださいね」という接遇ではなく、「もう二度とこないで下さいね」という接遇です。前者のためのマナーや笑顔、挨拶、礼節教育しかしていない病院が大半ではないでしょうか?

 毎年、マナーや笑顔挨拶の勉強会をするだけでは病院として、本来の接遇を果たすことはできません。ホテルの接遇ではなく、医療機関の接遇を考えなければならないと主張しています。もう二度とこないように徹底的に治療をする、看護をする、それをしやすい環境をコメディカルがつくる、事務がサポートするといった流れが必要です。
 
 個人の技術技能を向上させ、仕事の仕組みを見直した(業務改革をした)うえで、質の高い医療を提供するのです。よい病院で治療をすれば、概ねもう二度といかなくてもよいように治癒率が高く、再入院率が低いのはよく理解されています。
 
 具体的な技術技能を高めていくことにより、医療従事者は慈悲心とプライドをもって医療及び看護を提供することができます。その発露として患者さんを心から慈しめる。だから笑顔ができるのです。だから挨拶ができる、気取った言葉は使えないかもしれないけれども患者さんの立場に立った行動が「自然に」とれるのです。
 
 それが接遇です。
 
 接遇から入るのではなく、患者さんの立場に立った技術技能を向上させること、それが医療従事者に求められているのです。二度といかなくなった元患者さんは、「あの病院はすごいよ」と皆に語るでしょう。事実だからです。そして評判を聞きつけて困っている新患がたくさん来院する。

 増患するのです。
 また来てくださいねという接遇ばかりしていれば、再診患者さんは来院するでしょう。勿論、再診患者さんのいない病院はありえません。しかし、新患を誘導する医療の質は別途考慮していくことができなければ、意味がないのです。

 あるクレームに「美人で身だしなみのよい、笑顔で挨拶が丁寧な看護師さんの注射が下手でとても痛かった。教育を徹底して欲しい(75歳 男性)」というものがありました。私は従来行われてきている接遇を否定するものではありませんが、もっと具体的な医療技術技能から入る本来の接遇に着目することが必要です。
 
 ホテルではありません。従来の病院接遇のあり方を考える時期に来ています。多くの病院が今本来の接遇に注目し、具体的な活動を始めています。

投稿者 石井友二 : 15:55 | トラックバック

2006年11月10日

考課者訓練

広島の病院で考課者訓練をしました。

 医師を除くすべての職種から参加した8グループ約50名の監督職・管理職の方々に集っていただき、1時間30分で、レクチャー及び実際のトレーニングを実施しました。

 考課者訓練はなぜ必要なのか、どのように基準を合せていくのか、そして何よりも考課者は自らを律して透明な気持で考課をしなければならなない、それは処遇に反映するとても重要な業務だからである、といったことを説明しました。

 さらに考課者訓練は、考課時だけではなく、日常の部下の評価をどのように行うのかの着眼を得るために行うものであり、日々の課題探しのなかから教育テーマを抽出し、常に教育育成に自らの仕事を振り向けていくことが必要である。

 そして人事考課はその集大成である、といったことにも言及しています。実際、評価や考課は評価や考課だけのためにあるのではない、ということが理解できれば、部下の日々の評価を蔑ろにできないことはいうまでもありません。

 どうすればAさんが成長し、力をつけられるのか、結果として医療の質が向上し、患者さんに喜んでもらえるのかといったことを常に念頭において仕事をして下さい、ということでの話でした。何れにしても、被考課者の評価は8グループでほぼ8割方同じ評価であり、起立性、積極性、責任感、そして協調性についてほぼ同じ考課が行われたことには驚きました。

 日頃から業績がよく、コミュニケーションがとれ、あらゆる取り組みを通じて活性化している病院であるからこそ文化や風土が均一に形成され、少なくとも仕事をしていくなかでは価値観を共有していることがよく理解できました。

 多くの病院で、考課者訓練を通じた上長の育成、そして部下育成のロジック創造が行われることで、激動の医療改革時代を乗越えていければよいと思いました。


「よい病院よくない病院の見分け方同時掲載」

投稿者 石井友二 : 00:29 | トラックバック

2006年11月06日

DPCは改革のための素敵な贈り物

DPCが40万床の病院に導入されようとしています。

 というか、これが急性期病院の残る数といわれて随分時間が経ちました。医療制度改革は、医療費の削減といったテーマを基礎として、病院数を減少させることが大きな課題となっているようです。療養型病院をも含め、病院が疲弊し淘汰されるながれができあがっています。

 しかし、従来病院は業務改革をかたちとしては導入してきたものの、本当の意味での仕事の仕組みの見直しをしてこなかったのではないかという思いがあります。いつも小手先で対応し、結局中途半端になっていなかったでしょうか?方法がわからないという現実もありますが、もっととっと徹底的に対処すれば変わるものも数多くあります。

 医師を中心とした合理的で質の高い医療を提供するためには、個人に頼らずしかし個人の力が発揮できる仕組みづくりを行うことがとても重要になります。本質を見極めたうえで、何をしなければならないのか、どこまでもつきつめていけば必ず解はあります。

 まずは管理会計をモニタリングの道具として、数字をみながら何をすればよいのかについて議論しなければなりません。数字=指標という考え方も大切です。物事を定量化して課題を発見するというながれをつくりあげていく必要があります。目標数値にどのように到達していけばよいのかについて、仮説を立てて行動する。

 その癖をつくりあげることが組織や人をあるべきかたちに誘導する唯一の科学的対応である、という確信がなければなりません。仮説の検証、そして仮説の立案、また検証という行動をつくりあげること。一般の社会では当たり前の行動原理です。

 スタッフのもつ創造性を引き出し、みなで考えることにより成果をあげる。これほどすばらしいことはありません。DPCで大騒ぎするのではなく、DPCをきっかけとして本来の姿を取り戻す。医療の原点回帰のための道具がDPCであると私は考えています。

 DPCが導入されるなかで、いま医療はどうあるべきなのか、活発に議論されはじめてきました。いままで守られてきた業界であった医療業界のなかで、ことさらに危機感を煽るつもりはありませんが、よい医療を限られた資源のなかでどうつくりあげていくのかを考えることができない組織は、間違いなくマーケットから退場を勧告されることになる。

 逆にいまこれを機会と捉え積極的に考え行動する組織は永遠の成功を約束されることでしょう。DPCは医療業界のため、人間の英知が与えた自浄的な改革のための道具である。どのようにうまく利用していくのか、徹底的に議論する必要があると考えています。

「よい病院よくない病院の見分け方」

投稿者 石井友二 : 21:59 | トラックバック