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2007年10月27日

医療を提供することの本質にどのように迫るのか(DPCについての理解)

ある病院でミーティングをしたときの資料です。

1.はじめに
  DPC準備病院を運営していくためには、これらを実行するためには強いリーダーシップが必要であり、それらがなけれ ばすべての項目はうまく機能しないことがわかっています。

2.内容
  リーダーシップをとるということは次のことを言います。
(1)現場レベル
   現場レベルでは、いくつかの道具を利用し、成果をあげることを目標としています。基本は仕事を円滑に進めるために  は何をしなければならないのかを考え、課題化し、解決策を検討し、自らも考えるとともに、部下にも一体として解決策  を考えさせることを継続していくことになあります。
①もっとうまくできないか
②もっとはやくできないか
③もっとコストを引下げられないか
といったことについて、常に考えていることが必要です。

 これらができる中間管理職を育成しなければなりません。
①中間管理職としてどう振舞えばよいのか
②中間管理職はそもそも何をする機能をもっているのか
③現場での指導はどのように行うのか
ということがあります。

 基本的には部下が上司を尊敬していることが必要で、技術の前提として中間管理職の仕事の仕方全体があるべきかたちで整備されていかなければなりません。部下からの上司の評価を行うことも評価の一助となります。
   
 紹介についても、医師が常に断る、救急車を受けないということがあれば、増患はできません。ベッド利用率が落ちているときに、現場で対応できるよう誘導していくことが必要です。
   
(2)委員会レベル
 委員会がどうあるべきかについて病院側の意思が反映していません。病院は何をしたいのか、そのためには委員会活動によりどのような成果をあげていけばよいのかについて病院トップが今以上に意識をもつ、あるいは成果をあげることに執着することが必要です。

 マニュアルにより何をするのか、どのような成果をあげるのか、リスクマネジメントの現状はどうか、どのような病院にしていきたいのか、クリティカルパスはなぜ必要であるのか、どうすれば、パスの成果を確保することができるのか、そのためには何をすればよいのか、について考えなければなりません。

 同様に教育や地域連携、指標委員会はどのような数値を出して医師が働き易い環境をつくれるような動きをしていけばよいのかについての業務改革を行うより処とする、などの方法を採用することになります。

(3)病院レベル 
 病院レベルでは全体としてはスケジュールを作成し、いつまでに何をするのかの全体の動きをつくりあげていかなければなりません。

 したがって、現場や委員会がいつまでに何をしなければならないのかをベースに、常に管理を行う必要があります。ス ケジュール通り進んでいるかどうかについて、進捗状況をみて不足する事項があれば、指示をするといった活動ができていないところあがります。
   
   確かに最終的には医師ですが、組織として彼らを支援する、働き易い環境をつくっていなかなければ成果をあげることはできません。 

3.まとめ
 ①数字で病院の現状を分析(科別)
 ②患者毎のコストを分析
 ③利益を提示
 ④質を維持しながら合理的な医療を行っていくためにどのような体制をとればよいのかについての議論
 ⑤増患のためのあらゆる対策立案
  ⅰ)紹介患者を断らない。受けてから判断。入院後は返送する
  ⅱ)救急車を断らない。受けてから転送する
  ⅲ)HPの見直し。訴求
  ⅳ)院内見学、カンファレンスによる連携強化
  ⅴ)院内セミナーによる集患
  ⅵ)相談室と併せた退院患者の管理(出す⇒入れる⇒出す…の循環づくり)
  といったことについて、それらが進んでいるのかどうかについて病院として指示を出す(できていなければ指摘をする、最後まで成果をあげさせる)ことが必要です。

 DPCを単なる診療報酬請求のための手段と考えている方はいないと思いますが、逆に本来の医療、原点回帰の問題であるということを理解し、もういちど、今の医療をすべて見直してみようよ、といっているトップがどれだけいるのか疑問です。

 少なくとも、こうした問題を明確に理解し、DPCそのものの生まれた理由や、国が目指す方向の本質や虚偽を見抜いたうえで、かつ、それでも自分たちの医療を考えるリーダーが出てきて欲しいと考えています。

「よい病院よくない病院の見分け方同時掲載記事」

投稿者 石井友二 : 13:36 | トラックバック

2007年10月08日

宇宙と生命に感謝

本当に寒くなってきました。東京は昨日の夜雨だったこともあり、秋を通りすぎて冬になったという感じがしました。先日の北海道もとても寒かったですが、関西で感じたこもれびのなかのほのかなあたたかさも東京では帳消しになったという感じです。

 もう衣替えも済み、冬に向かって気持の準備をはじめています。冬を意識するようになると1年の区切りにたどりつきます。毎日慌しくても、また年末がやってきます。クライアントの会話のなかにも、年内に、とか、来年になる前にとか、今年中にしあげましょう、などといった言葉がちらほらでてきます。
 
 1年は365日しかなく、また日々大切に過ごしているつもりでも、やはり年の区切りは誰にでもやってきてしまう。みな命あるものは年を積み重ねながら地球のうえで終焉を迎え、また生まれ、また最後のときに触れ、そして…と輪廻転生を繰り返すことになります。宇宙が終わになるのか、地球がその前に宇宙の屑になるのかわかりませんが、そのときまで人間はそうした生死を繰り返すなかに身を置いて暮らしていきます。

 宇宙がなぜあるのか、地球はなぜあるのか、宇宙になぜ浮いているのか、なぜ人間がいて…ということに思いを馳せるとわからないことだらけです。宇宙が存在し、生きているということは事実であり、自分が存在しているとうことも受入れて、どう生きるのかを反芻する。そうした繰り返しのなかで、どう生きていくのかについて考えざるをえない。私達生命をもった者に与えられた義務のようなものなのか、権利なのか。
 享楽的に生きるよりもストイックに、弛緩する人生よりも緊張を、その場かぎりよりも計画的に、空想よりも現実を…。いつもあるべきものとながれるものの間でさまよいながら日々がすぎていきます。

 医療を考える、介護に対峙する毎日のなかで、日々、迷いがあります。変わらない現実や変えられない事実。研鑽や限界。しかし、私達が描いた医療や介護の姿を追いながら、そこに一歩でも近づきたいと思う。その到達点を渇望しているのか。希望なのか。覚悟をしているのか。薄っぺらな思いなのか。正義はあるのかないのか。いつも問いかけながら、自分の最後のときを迎える日まで、人は自らと闘いつづけなければならない。

 年の区切りを思うと、そんなことを考えたりします。
 
 今日はDPC協議会の理事会があります。午前中は11時からNPO承認の完了について、事務局からお話があります。またO病院のパス委員会の資料や、K病院プロジェクトで使う生活習慣病センター実行プログラム、M病院の接遇のチェックシートのチェック。I産業の監査レポートの監修…とか、今日やることがいろいろ…際限がありませんが、朝食をたべたらまた日常に戻ります。

 まずはそれぞれの病院や企業から求められているものを懸命に提供することが私達の使命であり、また喜びでもあるからです。

 宇宙のなかの、けしつぶのような自分を感じながらそう生きられることを感謝しています。

「よい病院よくない病院の見分け方同時掲載」

投稿者 石井友二 : 13:19 | トラックバック